定年京都移住3-89_2拠点開始
5年ほど賃貸に出していた東山区のマンションが7月下旬解約となり、次は貸さず自己使用することにした。
ローンを返済できるか不安はあるが、いよいよとなったら売るしかない。
ハウスクリーニングして貰い、最低限の生活用品や家具、家電を一から揃えるのは久しぶりの感覚で楽しかった。
一応これで2拠点居住の形になったが、コロナも収まらず、そうそう上洛は叶わない。
管理規約でペット飼育が制限されるため、ワンコとの生活が難しい問題も残る。
それでも将来のフル移住に向け一歩進んだ気がする。
今までは年に数度ホテルに1,2泊し、時間を惜しんで名所旧跡を歩き回ったが、これからは休暇をまとめて長期滞在も可能だ。
優先順位の低かった博物館、美術館、植物園、デパ地下や、大文字送り火の如意ヶ嶽などハイキングもできそうだ。
観光客から少しずつ生活者に近づく過程を楽しみたい。
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定年京都移住3-88_脳を育てる
9,10月のNHK"まる得マガジン"は「何歳からでも! 脳を育てるトレーニング」、講師は脳内科医の加藤俊徳氏だ。
表紙に「脳は一生涯成長する! 衰え知らずの脳を8つの機能別に養うメソッド」とあり、少し安心する。
目次は ①思考系脳を育てる ②感情系脳を〜 ③伝達系脳を〜 ④理解系脳を〜 ⑤運動系脳を〜 ⑥聴覚系脳を〜 ⑦視覚系脳を〜 ⑧記憶系脳を〜 、"はじめ" に「脳はマンネリで衰える」とある。
良いなと思ったのは ②7 朝鏡の前で笑顔をつくる 10 ペットや植物に話しかける ③17 お店の人に話しかける ④23 書店でなじみのないジャンルの本棚を眺める ⑤27 利き手とは逆の手で歯磨きをする ⑥35 ふだん会わない人と電話する ⑦40 いつもと違うルートで行ってみる ⑧47 休日の予定を逆算して立てる などだ。
①6 考え疲れたら10分間昼寝する ⑥36 寝る前にラジオを聞く は知らずに実践していて良かった。
定年京都移住3-87_しあわせの哲学
NHK出版 学びのきほんシリーズ 西研著「しあわせの哲学」を読んだ。
著者は1957年鹿児島生まれ、東京医大哲学教室教授で、昨年6月の100分de名著、カント「純粋理性批判」を解説した。
帯に「それでも人生は肯定できる」とある。
目次は ①「生の可能性」とは ②自分の「物語」をつくる ③「承認」を求めて生きる ④「自由」の感触を得る ⑤人生を肯定するには となる。
①「生の可能性」は"したい・かつ・できる"という確信のこと。
1 親しい人たちとの関係 2 社会的な活動 3 趣味や楽しみ の三つある。
③「承認」は"自己価値を認めて貰う評価的承認"であり、1 競争関係における承認 2 役割関係における承認 になる。
④「自由」の感触を得る場面は、1 探索 2 創造 3 成長 が挙げられる。
「自由」と「承認」の繋げ方は、1 存在の承認(安全基地)→ 2 自由な活動 → 3 評価的承認 となる。
定年京都移住3-86_私とは何か
講談社現代新書 平野啓一郎著「私とは何か『個人』から『分人』へ」を読んだ。
著者は今年46歳、初版は9年前になる。
楠木新著「定年後の居場所」のなかで、本書が大いに参考になったと紹介されていた。
目次は ①「本当の自分」はどこにあるか ②分人とは何か ③自分と他者を見つめ直す ④愛すること・死ぬこと ⑤分断を超えて となる。
帯に「生きるのが楽になる〈分人主義〉のススメ」とある。
唯一無二の「本当の自分」など存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。
その複数の顔をそれぞれ「分人」とすると、個性は「分人」の構成比率で決まり、決して生まれつき生涯不変のものではない。
著者はこの考え方により、他者に対する見方が変わったそうだ。
「分人」は他者との相互作用によって生じる人格なので、私たちの人格そのものが、半分は他者のお陰であると理解し、感謝や謙虚さが芽生えるという。
定年京都移住3-85_定年後の居場所
朝日新書 楠木新著「定年後の居場所」を読んだ。
「定年後」や「定年後のお金」に続く新刊になる。
著者は今年67歳、京大法卒、日本生命を定年退職し、現在は神戸松蔭女子学院大学教授だ。
帯に「居場所はきっと見つかる」とある。
目次は 第一部「定年後のいま」①生涯現役 ②転身 ③コロナ禍から見たこと ④こころの居場所 ⑤お金と健康 ⑥地域・ご縁 ⑦故郷と家族 ⑧過去の自分に出会う 第二部「終着駅は始発駅」①居場所は足元に ②ほんとうの名前は何? ③偶然の出会い ④地元を愛する ⑤過去の自分と語る ⑥貯金は使い切る? ⑦死んで生まれ変わる ⑧How many いい顔 となる。
二部② で少し驚いたのが「楠木新」は芸名で、大学でも使っていることだ。
会社員時代に「ビジネスマン『うつ』からの脱出」を出版する際、当面は会社に伏せておきたかったそうだ。
芸名は「もう一人の自分」を創る有効な装置だという。
定年京都移住3-84_道ひらく
アナハイム・エンゼルス大谷翔平の二刀流の活躍が続く。
昨日時点44本塁打、94打点、23盗塁、投手として9勝を上げる。
あと1勝で1世紀振りにベーブルースの記録、2桁勝利 & 2桁HRに並ぶそうだ。
成績もスーパーだが、人間性に対する評価も高い。
扶桑社文庫の佐々木亨著「道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔」を読んだ。
著者は岩手県出身のスポーツライター、大谷の取材を花巻東高時代の15歳から続ける。
目次は ①決断 ②源流 ③黄金の国、いわて ④北の大地 ⑤二刀流の真実 ⑥終わらない挑戦 となる。
奥州市で生まれ育った大谷は、両親、兄、姉と大型犬の5人家族、末っ子気質で何事もあまり気にしない性格だったらしい。
父親は三菱重工横浜で社会人野球の選手、母親も同じ会社のバドミントン選手だった。
長身の両親の遺伝子を受け、高校入学時既に190センチ近かったが、食が細く、体重は60数キロしかなかったという。
定年京都移住3-83_東京ドーム
2週続けて東京ドームのスワローズ主催ゲームを観戦した。
コロナ緊急事態宣言が延長される前にチケットを取ったので、若干躊躇したものの、ワクチンの効果を信じて都心に向かった。
ベイスターズ戦とカープ戦だが、ドームで巨人以外の試合を観るのは、2年前の都市対抗野球決勝戦、JFE東日本対トヨタ自動車以来だ。
JFEが須田幸太の大車輪の活躍で優勝、須田は橋戸賞を獲得した。
その試合でホームランを放ったトヨタの細山田武史は須田と早大野球部同期、ベイスターズでもチームメイトだった。
背番号20のユニフォームを掲げて応援する観客の姿もあり、前年までDeNAの貴重な中継ぎだったことを思い返す。
違う職場で活躍し、胴上げ投手にもなり嬉しかった。
たまたま横須賀スタジアムの2軍戦で、須田のベイスターズ最後の登板を観ていた。
戦力外通告はまだ公表されていなかったが、登板を終え、投手全員が須田を囲んだので、観客席からどよめきと悲鳴が上がった。